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【僕らの島生活】五島編(4)mixiが変えた島の生活

4月 25, 2009

「mixi(ミクシィ)がきっかけで、島を出ていた同級生が島外の友達を連れてきたり、帰郷する夏場にみんなが地元でDJパーティーをしたりと、以前だと起こらなかったイベントが起こり始めたんです」。取材のためにミクシィで連絡を取り、五島の福江港でお会いしたニックネーム・ウィズブーさんはミクシィがきっかけで島内に変化が起きたと言います。(ボクナリ 美谷広海)

「全く知らない同級生がいっぱいいたんですよ」。ウィズブーさんが卒業した五島高校は、離島のイメージとは異なり一学年に200人以上の生徒がいる大規模なもので、同窓生でも知らない人が多いとか。ところが、ミクシィが島に「上陸」すると、同級生とネット上で再会するだけでなく、初めて同級生だった人を知るという新しい繋がりが生まれ始めたというのです。

同じ学校を共有していたり、共通の知人がいたりと、接点を持っていても、島という限られた空間の中でも知り合わずにいた人たちがSNSがきっかけで繋がり、今ではこうした島にいた人の島外の友人と島にいる同世代の人たちの間で同窓会に近い感覚で、いろいろな集まりを行っているということでした。

「それまでは近くにいても知るきっかけが驚くほどなかったんです。狭いと思っていた島の中で知らないことがあるのに気がついたんです」

ミクシィのコミュニティがきっかけで島に住む人たちの趣味の活動が増えてきたと言います。「同世代での集まりが増えると、店を借り切っての音楽
イベントも行われるようになりました。それまでは、そういったことをしたくてもうまく知らせるための手段がなかったんです」

ウィズブーさん自身もミクシィを始めた後、以前から興味があったデジタル一眼カメラを購入して写真を始めました。「教えてくれる人もいるし、見てくれる人もいるから楽しいんですよね。以前は長崎に買い物のに行ってもそのまま帰ってくるだけだったんですが、向こうで遊べる知り合いもできました」。

離島というと濃密なコミュニティがあり、誰もが顔見知りとのイメージを抱いてしまいますが、インターネットとSNSがきっかけになり、新たな結びつきが生まれて、島が活性化しているようです。

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【僕らの島生活】五島編(3)物足りなかった世界遺産候補の教会

3月 29, 2009

美しい教会群に隠れキリシタンの歴史、他の地域、特に東京から見た五島はロマンティックなイメージに満ちています。明治に禁教令が解かれた後に建設された古くからの教会は、長崎や平戸にある教会などとあわせて世界遺産に登録しようという動きもあります。五島列島全体で50余、五島市で20の教会があると言われていますが、ネットで出会ったステンドグラスの写真に導かれ、思わぬ教会に出会うことができました。(ボクナリ 美谷広海)


堂崎天主堂 最初に向かったのが島の北東、隣の久賀島を望む奥浦にある堂崎天主堂。1908(明治41)年に建てられた五島最古の洋風建築物で、赤レンガのゴシック様式の建物はパンフレットにもよく使われているので、見たことがある人も多いのではないでしょうか。

信者だけでなく、五島のシンボル的存在で、長崎県のキリスト教関連遺産として福江島では唯一世界遺産候補に入っています。

教会には隠れキリシタン時代の資料館もあり、島外からの観光客にとっては、まず訪れる教会になっています。観光客用のバス停車場には、ちょうど島を巡るバスが止まっていました。期待を裏切らない美しい教会でしたが、正直他の教会を見た後では一番物足りなく感じました。

現在もミサが行われているとのことでしたが、島の人々の生活に結びついている空気が感じられず、観光地としてのオブジェとなってしまっている気がしたのです。


貝津教会のステンドグラスその後、水ノ浦教会を回った後、貝津(かいつ)教会に向かいました。
実は、五島を取材すると決めた、ネットで事前調査を行っているときに美しいステンドグラスの写真に出会ったのです。

その島の人でないと見ることができないような場所を訪れてみたいと地元に詳しく、人脈も多いと思われる人をSNSのmixiで調べていたところ、たくさんの写真を撮られているウィズブーさんのページがふと目に止まりました。

そのウィズブーさんのFlickrに掲載された写真の中でひと際見事だったのが光のコントラストが美しいステンドグラスの写真でした。

貝津教会は島の西部にあります。大きな道路から外れ、カーナビには載っていない砂利道を進んだ先にひっそりと建つ木造瓦葺きの素朴な雰囲気の教会です。外が眩しい白壁でしたが、中は暗く厳かな感じ。それでも木造ながらの暖かみと柔らかさが教会内を包んでいます。期待していたステンドグラスも見事でしたが、真っ平らな木の板の天井も珍しく、しばらく眺めました。

その後、ウィズブーさんにお会いして、オススメの教会を尋ねたところ教えていただいたのが楠原教会でした。

すでに日も暮れ始めていたので、教会に急ぎます。地元の観光パンフレットにも載っておらず、わずかに地図に名前だけが書いてあるのみです。


楠原教会実際に行ってみるとその趣きの良さに驚かされました。1912(明治45)年に建てられた堂崎天主堂と良く似た赤煉瓦の堂々とした建物は学校のグラウンドの脇に立っています。夕暮れ時に訪れたこともあり、建物はグラウンドと一緒に赤く照らされていました。
内部に入ろうとしたところ、すでにドアは閉まっていました。「残念、入れなかったな」と思っていたら、中にいたシスターが開けてくれました。

夕方の暗くなった教会内部は、斜めに差し込んだ光で荘厳な静かな空気が満ちていました。石造りのためか身が引き締まるような緊張感があり、観光客が場違いであると感じます。

シスターは無言で黙々と教会内を掃除しており、その静けさに息を潜めながら内部を見渡しました。

島にある4つの教会を訪れ、有名な教会から順に回っていきましたが、満足度の高かったのはその逆の順序でした。それぞれの教会には違う個性があり、比べてみることで違う良さも見えてきます。ただ、あまり有名ではない教会も観光地化されてしまうとその魅力を失ってしまうのかもしれません。

堂崎天主堂以外は観光客向けの駐車場もなく、観光バスなどでは訪れるのは難しい場所です。しかし、それを観光客が訪れやすいように整備してしまうとそこにある余韻や良さのようなものも一緒に失われてしまうのかもしれません。観光客が来なければ島の経済は活性化しないけれど、島の人たちが実際に生活の中で利用している教会だからこその魅力があるような気もします。旅人の身勝手と思いつつ、教会巡りを終えました。

【僕らの島生活】五島編(2)出迎えたのは島を「脱出」する行列

3月 28, 2009

土曜日の朝、ジェットフォイルで五島列島の福江島に着くと、港には長崎に向かおうとする地元の人で行列ができていました。都会からは観光地として紹介されることが多い五島ですが、休日になると島を訪れる人よりも島から都会へ出かけようとする人のほうが多いとのこと。イメージと異なる島の厳しい一面が到着と同時に見えてきました。(ボクナリ 美谷広海)


長崎から早朝ジェットフォイルで五島に向かいます。狭い湾内に造船所がひしめいている長崎港から沖合にでると後は一直線、100キロを85分で到着します。
福江島は、国内で11番目に大きな島で周囲が322.1キロあります。人口は約4万3000人。船から見える姿も今まで訪れた島とはかなり趣きが異なり、スケールの大きな島です。

下船すると桟橋から港のターミナルビルの中まで続く長い行列が待っていました。土曜の午前中ということで、島内から長崎に遊びに行く人の列のようです。

ジェットフォイルの料金は片道7070円(2009年4月からは6410円)と原油価格上昇による調整金990円が加算されているため、かなりの高額。島発の往復割引券も販売されていますが、それでも10000円以上します。当然家族で出かけるのであれば、交通費だけで数万円の出費ですが、それにも関わらず多くが島を「脱出」するのです。


これまでに訪れた島であれば、船から降りる人はせいぜい十数人。生活雑貨や食料を港におろしたり、逆に魚を積み込んだりという風景でしたが、ここでは島を出て行こうとする人の列がありました。

観光地というイメージが強かった五島ですが、土日は島に来る人よりも島から出て行く人のほうが多く、島の人口は休日のほうが少ないのかもしれません。
その後、島内で会った人からも、共通して五島での景気の悪さや過疎化の問題、そして島での娯楽がないため土日は福岡や長崎へと出かける人が多いということを聞きました。

今では高校生になれば、土日は長崎に遊びに行くようになっているそうです。島の人が島外に出てしまうため、地元にお金が落ちず、それが島の景気の悪化につながり、ショッピングセンターなども閉鎖、さらに娯楽が減り土日に人口が流出する、といった悪循環へと繋がっていきます。

そんな福江島で、日本でも有数の売り上げをあげている高収益店があるという話をききました。五島列島の中心のため公共機関の支所や企業の支店があり、単身赴任の人も多く、弁当チェーン店の売り上げが非常に高いのだそうです。これも観光地のイメージとはずいぶん異なるエピソードでした。

【僕らの島生活】五島編(1)「列島」という響きに惹かれて

3月 27, 2009

「列島」と聞くと何を想い浮かべますか?まず、日本列島。そしてその次は…筆者の中で、それは五島列島でした。トカラ列島、甑島(こしきじま)列島などもありますが、日本には列島という呼称で呼ばれている島々は少ないのではないかと思います。列島という響きに惹かれ「いつか五島」に行ってみたいという思いが日々強くなっていました。(ボクナリ 美谷広海)


五島列島は、南側から福江島、久賀島、奈留島、若松島、中通島の五つの大きな島を中心に、約140の島から構成されています。玄関口となるのは長崎、佐世保からの航路がある福江島、奈留島、中通島です。そして若松島は中通島と繋がっています。これらの島を経由するにせよ、最終的には九州とは直接のアクセスがない島に行ってみたいということで残ったのが久賀島でした。

久賀島について調べていくと、蕨小中学校という今年度で閉校となる学校があり、五島列島に訪れようとしていた時期に、最後となる運動会が開催されることがわかりました。この好機を逃す手はありません。最終目的地は久賀島と決まり、途中で経由する福江島も取材することにしました。

Wikipediaによると『「五島列島」とは学問的な呼び名であり、会話の中ではあまり使われない。地元や九州地方では単に「五島」と呼ぶ』と書かれていました。確かに島を訪れてみると、地元の人は五島としか言っていませんでした。これは日本列島という呼び方は会話の中であまりせず単に「日本」と呼ぶのと同じ感覚かも。紀行もののテレビ番組の中で紹介される「五島列島」という呼び方しか耳にしたことがない私にとっては、少し意外でした。

余談ですが、五島列島は「ごとうれっとう」と呼びます。ですが私の妻は最初「ごとう」とは呼べず「ごしま」と呼んでいました。島の人に聞いてみてもわかったのですが、「ごとう」と呼ぶと知らず「ごしま」だと思っている人も多いのだそうです。そんな五島の福江島、久賀島に向けて旅だったのは、秋本番となった10月でした。

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【僕らの島生活】喜界島編(7)隠れた名所「地下ダム」に潜入

2月 8, 2009

喜界島は珊瑚礁が隆起して出来たため、島に降った雨水は地下水にならず、ほとんどが海に流失していまいます。そこで、岩盤層まで、地下に巨大なダム壁をつくり地中に巨大な貯水プールをつくるというプロジェクトがこの島で進められました。200億円を超える事業費をかけて完成した地下ダムは、島外からの視察が年間2000人という隠れた名所になっているのです。(ボクナリ 美谷広海)

地下ダムの管理センター役場電算係の福島さんから紹介してもらい、島の中腹にある地下ダムの管理センターに向かいます。

年間降水量2000ミリを超えるものの、大きな川もなく、農業用の水の確保には苦労してきた地域です。水を通しやすい石灰石の下には、「島尻層群」と呼ばれている水を通さない泥・砂岩の地層があるため、石灰石の層に壁を作ることで水を貯め、海水の浸入を防ぎ、自然のダムとして利用するという方法が考案されました。

水は総延長45キロのパイプラインによってサトウキビ畑などへ送られます。
この地下ダムは、喜界島だけでなく、宮古島などさんご礁の島々でも作られていますが、もちろん地下にあるため普通のダムのように見ることが出来ません。喜界島では、地中の壁=止水壁の一部がトンネルとなっているために見学できるのです。


上映されるダムの説明ビデオ地下ダムの管理センターで説明ビデオを見た後、地下ダムの一部である、トンネルへと降りていきます。

地下16メートルの深さに存在する長さ366メートルのトンネル。長い螺旋階段を降りていくと、こつ然とそのトンネルはありました。

360度コンクリートが剥き出しの不思議な空間。まっすぐとしたU字状のコンクリート外壁がはるか遠くまで続いています。音の聴こえない静かな世界です。

このトンネルは車が通るわけでもなく、何かを貯蔵するためでもないトンネルです。トンネルといえば、ある地点と地点を結ぶために作られるものがほとんどでしょうが、このトンネルは移動するためには使われていません。なぜ、そんなトンネルが存在するのか?


地下ダム内のトンネル実はオオゴマ蝶の生息地を保護するためなのです。

ダムの工事地域がオオゴマ蝶が生息する防風林になっていたため、それを破壊することなく地下に防水壁をつくるためトンネル工法が選ばれました。
通常、地下ダムは、地面を掘り、止水壁を作り、埋め戻すという作業で作られますが、ここでは生息地から離れたところから地下トンネルを建造、この地下トンネル内からさらに地面を掘りさげコンクリートの止水壁がつくられたのです。

トンネルは工事用の作業場として利用され、いまはトンネルそのものも止水壁の上端の一部となっています。


トンネルの中程に二つ丸い窓が設置されていました。この窓からは地下ダムに貯まっている地下水を見ることができます。窓の下には蛇口があり、それをひねると勢いよく水が出てきました。海中にいるような不思議な感覚でした。

ひんやりとした地下から16メートルの高さの螺旋階段を登り地上の世界へと戻りました。すぐそばにある島の食品センターの加工センターに行くと、受け付けにさされた木の枝には黄金色に輝くオオゴマダラのサナギがついていました。

あまりにも見事な金色だったため最初は模型だと思っていたのですが、目を近づけてみるとサナギからでかかっている蝶がゆっくりと動いています。

「オヤッ」と思いもう一度その蝶を見返してみます。偶然その瞬間、サナギから孵化して羽をとりだす蝶の姿をこの目にすることができたのです。サナギの期間は夏期で七日間ほど。それは時間をかけて羽を乾かし抜け殻から離れようとする途中でした。思わぬ幸運に夢中でシャッターをきりました。

地下の巨大なダムによって地上に残された蝶の楽園。そんな二つの異なった世界を短い時間で体験した不思議な数時間でした。自然と共存せざるをえない農業への取組みが蝶の聖地としての喜界島を今に残しているのかもしれません。

【僕らの島生活】喜界島編(6)役場は地域の情報ハブ

2月 7, 2009

島の情報を得るなら、まず役場へ。東京などの都会では想像できませんが、地方都市にいけば役場は地域の情報ハブとして重要な役割を果たしています。そこで、喜界の情報をホームページで発信している企画課電算係である福島さん(30)を訪ねました。システムやネットワークの管理をしていると、時には庁内の「コピー機の調子を見てくれ」から、町の人々からの「パソコンがネットに接続できない」といった相談が寄せられ、「島の何でも屋ですねー」と苦笑い。(ボクナリ 美谷広海)


福島さん喜界町役場は、近代的な建物。今まで訪ねてきた島でなかったような立派な建物です。

福島さんは小学校まで北海道で過ごしたあと、喜界島に渡ってきました。その後、鹿児島で高校を卒業し、1年間専門学校に通ったあと島に戻ってきました。

町の役場に入って今年で11年目。「若手は少ないんじゃないですか?」と聞いたところ、「結構若い人もいますよ」とのこと。

福島さんの仕事は「電算係」ですが、ホームページの更新、システムやネットワーク管理だけでなく、PCの指導、ユーザーサポートなどもこなしています。年配の方からは機械のことなら福島さんというイメージがついているらしく、「コピー機の調子をみてくれ」と言われることも。

町の人々からは「パソコンがネットに繫がらない」といった、都会では考えられない問い合わせもあるそうですが、それも役場が生活に密着して、頼られている証拠。役場の仕事にはやりがいを感じているそうです。

役場の仕事として喜界島の情報を発信している福島さんのお父さんも、ネットの世界ではちょっとした有名人。喜界島の不思議という蝶の情報サイトを運営しており、蝶に関心を持つ人々から注目されています。

最初は島の紹介をするだけだったサイトですが、「海を渡る蝶」アサギマダラ蝶に関心を持ち、日々アサギマダラの近況を発信しています。アサギマダラは長野県から台湾まで2000キロを移動して、喜界島にも立ち寄ります。喜界島はアサギマダラや金色のサナギになる「南の島の貴婦人」と呼ばれるオオゴマダラの生息する蝶の聖地。蝶ファンには見逃せない島なのです。福島さんのお父さんは、空港近くの小道を「中里 アサギマダラ ロード」と名付けて、観察を続けています。

この蝶を観察するために台湾からも人が訪れることはあるそうですが、「観光だけでは厳しいですね。海をアピールしても、いまさら他の島に勝てないです」。

喜界島の産業を聞いてみたところ、古くから農業に力を入れているそう。有名な島みかんの他、白ごまの生産地は日本で一番。その農業で成り立つ島にとって最も大事なのが水資源の確保。そのために巨大な「地下ダム」があると言う話に…

「地下ダム!」調査不足で島にあることを初めて聞いて、興味津々。さっそく福島さんに地下ダムの事務所に電話してもらい、取材を受けていただけることに。さすが地域の情報ハブ。役場のパワーを実感しながら、レンタカーを地下ダムに向かって走らせました。

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【僕らの島生活】喜界島編(5)ミカンのガラパゴスと島唄

12月 7, 2008

ミカン類のガラパゴス、喜界島は別名そう呼ばれているのだそう。島ブロガーらとの宴も佳境に入り盛り上がってきたところで、長島さんが歌を披露してくれました。幻の「けらじみかん」を歌った、その名も「けらじみかんの歌」は、子供も歌えるリズムカルな曲。なんと奄美歌謡選手権で見事最優秀賞に輝いているのです。(ボクナリ 美谷広海)


YouTubeにアップされている「けらじみかんの歌」「ところで、けらじみかんって知っていますか?」。喜界島はミカン類に詳しい人にはガラバゴスと言われているとか。34種類の島みかんが存在し、江戸時代の品種が未だに残っていたりするそうです。

そんな喜界島のみかんの中でも最も、味が良く香りも素晴らしいのがけらじみかん。花良治(けらじ)という集落でしか採れないため、生産量も少なく幻と呼ばれ、太平洋からの潮風の影響や、水や土が生みだす、まだ皮が青いうちに食べる独特なみかんです。

「実はこのけらじみかんの歌をつくったんです」と長島さん。

東京にいた頃もボイストレーニングを欠かさず、島でバンド活動もしているという長島さんが歌を披露してくれました。かわいい振りつきで小学校に教えに行くこともあるそう。NHKに出てくる歌のお兄さんも顔負けです。(YouTubeで公開されている「けらじみかんの歌」)

「一年前くらい前にみんなであつまった時に花良治や喜界島を盛り上げるような何か、ないかな~と話していたのがキッカケでつくったみたんですよ」

長島さんは「打ち上がる」タイプだそう。仲間で話が盛り上がっていく中で勢いが付き、いつの間にか中心になって盛り上げるタイプ。そのおかげもあって、「けらじみかんの歌」は、今では地元の夏祭りや運動会でも使われるように。仲間の応援で見事に打ちあがったようです。


三味線を披露してくれた徳成りさんと長島さんその後、徳成寿さんこと徳さんが三味線を弾き、長島さんがそれにあわせて唄を披露してくれました。
素人には島唄はどれも同じに聞こえますが、島ごとに唄い方があるそう。現在ではリズムの速い奄美大島や徳之島の唄い方がコンテスト向きなこともあって主流になり、喜界島の唄い方はほとんどなくなってしまっているそうです。

だからこそ徳さんと長島さんは、喜界島の唄い方にこだわっているそう。「リズムが早い奄美大島に比べて、喜界島の唄い方はゆっくり。だからお年寄りでも唄えるんですよ」と教えてくれました。

「唄は元々神様のためのものだったんです。うまりかみ(島の神様である姉妹神)は男性を受け付けないため、占いは女性しかできないんです。だから、唄も高く、女性の声のように唄うんです」
華やかさはそれほど無いものの、波のような浮遊感のあるリズム。ずっと聴いていると自然と思わず居眠りしたくなるほどリラックスしてきます。

「島の人はみんな唄がうまいんですけれど、自分から唄おうとはしないんですよ」と照れくさそうに話す二人。島のことを自分たちの好きな音楽で伝え、その文化に興味を持って三味線や歌も勉強する。同世代からも見てもすごくカッコいい。

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